東北地方太平洋沖地震 その時私は・・・

地震発生時、職場のある古いビルの3階に居ました。
突然具合が悪くなったかのような眩暈を感じ、「貧血!?」と思いきや地震。
これはちょっと普通じゃない揺れ方・・・と思い、生まれて初めて机の下にもぐりました。
その直後、ロッカーの扉が開いて中身が飛び出し、PCは倒れ、机の引き出しも飛び出し
コピー機が前進、神棚から花器と達磨が落下、たくさんの書類が宙を舞う異常な光景・・・。
職場のあるビルは築20年以上は経過してるとても古い建物。
崩壊する前に外に逃げなきゃ!と、壁を伝いながらなんとか階段を降りて外へ。
そんなコトを何度か繰り返す間に何度も何度も大きな余震・・・。生きた心地がしなかった。


なんとか自宅と連絡を取るも義母はもう半狂乱状態。
こんな時こそ落ち着いて行動してほしいのに、あの強い余震の中、親戚の家から車を
すっ飛ばして(事故に遭わなくてほんとに良かった)家に帰って来て、泣きながら
室内と庭を行ったり来たりしてオロオロしてたらしい。
その間、電話は繋がったり繋がらなかったりでどうにもならなくて、アタシも本当に参った。
ライフラインがどうなってるか分からなかったので、とりあえずコンビニで多めの
食料を調達して家へ向かう。(この後店内のお弁当類はスグ空になってしまった)
途中のスーパーやコンビニ付近が大渋滞していてちっとも車が動かない。
TVで見たことのあるオイルショックの混乱映像が頭に浮かびつつ、住宅街に逸れてなんとか
抜け道を探して自宅へ到着。
その時には義父が帰って来ていたので義母もちょっと落ち着いた様子で一安心。

食料を置いてとりあえず2階へあがる。ドアを開けた瞬間、「夜中じゃなくて良かった」
と心の底から思った。
ナゼなら寝室の天井照明(ガラス製で重い)がベッドの上に落下していたから。
もしそこに寝ていて当たり所が悪かったら・・・と思うとゾッとする。
他にもオープンラックの物は全て床に落ちて粉々、クローゼットの折れ戸は全開し
中身が全て飛び出して散乱。
トイレのタンクが割れ、絵画も落下、いろんな破片が散らばり足の踏み場もなかった。
それでも家はちゃんと建ってるのだからこの上ない幸せな事だ。感謝しないと。

職場で軽傷を負ったオットもやっと帰宅したので、とりあえず皆が無事で良かったね、と
何はともあれご飯を食べることにした。
余震が続いてるので、足場だけ確保して大掛かりな片付けは後回し。
その後、ライフラインが生きてたことにも感謝しつつ、同じ市内でも断水・停電地区に住んでる
身内や知り合いの為に我が家は急遽炊き出し場と化し、お風呂を提供したりして、
なんだかんだ落ち着いたのは深夜2時過ぎ。そしてあっという間に朝になった・・・。

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